生い立ち(前編)
ようこそおいで下さいました!私が塾長の岡本です。
昭和37年(寅年)10月13日 午後7:25分、この世にオギャーと生まれてきました。
現在、推定年齢35歳(ん?計算が合ってない・・・?)、奥さんと小学校1年の娘と幼稚園年中組になる息子がいます。
私は今でこそ子供たちに勉強を教える立場にありますが、元々小学校時代は信じられないくらい成績が悪く、友だちからも良くバカにされていたことを記憶しています。生徒にこの話をすると「ウソや!」とよく言われますが、私は小学校3年生の時でも、ろくにかけ算の九九が覚えられなかったくらいです。「ににんが5!」なんて平気で言っていたらしいですから、さすがにウチの母親も、中学校は普通学級にいけないのでは・・・と心配していたそうです。
ですが、私自身は自分がそんなバカだという自覚が全くなく、将来は医者になるぞ!と夢をふくらませていたものでした。
そんな私が勉強に目覚め、本気で医者を目指すきっかけとなったのが、中学入学直後でした。中1の時の担任の先生が国語の堀先生といって、子供の私から見ても本当に素敵な紳士でした。いつも背広をビシッと着て、その割にいつもにこにこして授業をしてくれたことを覚えています。
入学後、当時も家庭訪問があり、私は父親と一緒に堀先生を迎えたのです。私は、堀先生に「頭が悪そうだからもっとしっかり勉強しなさい」とでも言われるんだろうと、早く帰ってくれますようにと祈りながら、内心ビクビクしていました。
ところが、先生は私の父親に、
「なんて、素直で立派なお坊ちゃんなんでしょう。学校でも真剣にがんばっており、これからが大変楽しみなお坊ちゃんです・・・・・・」
「たいへん資質に恵まれたお坊ちゃんで、これからがんばったことは必ず報いられます」
等々、細かくは忘れてしまいましたが、私からすれば今まで言われたことがないような言葉を耳にしたのです。先生は帰り際に私に、「岡本くん、君はこれからすばらしい人生を歩んでいくことになるわけだから、しっかりがんばりなさい。先生も応援していますよ。」とおっしゃってくれました。
単純なのかもしれませんが、私はこの一言で180度変わったと言っても言い過ぎではありません。翌日からもっと堀先生に認めてもらおうと、国語を必死に勉強しました。勉強といっても、これまで勉強なんてほとんどしたことがなかったので、どう勉強していいのか分かりません。とにかく教科書を何度も読んで、授業中に先生が言ったことは一語一句聞き漏らすまいと、教科書に書き込んで、真っ黒になったことを覚えています。漢字は新聞広告の裏に、びっしり何回も書いたりと、その程度のことしか思いつかず、そればかりをやっていました。教科書の文章も聞いたことがないような言葉がたくさんあって、国語辞典を引きまくりました。
それでも1年生の間はそれほど国語の成績は良くなかったのですが、2年生の頃だったと思いますが、国語(日本語?)の感覚を獲得してしまったような感じで、ある時から突然成績が上がったのです。信じられないかもしれませんが、いつも40点~50点をうろついていたのが、いきなり100点近く取れるようになったのです。
2年生のある時、廊下で堀先生にあったとき、大変誉めていただき、さらに勇気づけていただいたことを今でも忘れません。
英語や数学、理科などもがんばっていたのですが、これらもある時期を境に急に分かるようになって、ますますおもしろくなってきました。3年生になる頃は、学年でも3本指に入る位の成績が取れるようになり、住吉高校へと進学することになりました。
ずいぶんあとになって(今から15年ほど前かな?)、テレビを見ていて知ったことですが、私とトミーズ雅&健とは、ちょうど3年違いで、同じ中学校、同じ高校、しかも中学時代の恩師が堀先生だ、ということを知ったのです。
あるお正月番組で、「トミーズ雅&健の中学時代の恩師の登場!」とかで、テレビに堀先生が登場しているのを見たときは、ホントにひっくり返りそうなくらいビックリしました。
私は、このときほど、人とのすばらしい出会いやご縁というものを感じたことはありません。
高校進学後、歯学部合格を目指して・・・
- by SBI個別アカデミー
- at 2006年05月13日


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